バーテンダーと川の流れ
「海は24時間営業だからね」
ナイフでレモンを切りながらバーテンダーさんはそう答えた。なぜこんな話になっているのかというと,それは自分の質問が原因だ。
ある晩,朝まで営業しているバー(とは言ってもスナックみたいな雰囲気)で飲んでいるとき,ふとバーテンダーさんの生活が気になったので聞いてみた。
「朝まで仕事をして,そのあと何をしているんですか。早朝だと開いているお店も少ないから困りませんか」
社会というのは多数派の生活リズムに最適化されている。ここでいう多数派というのは朝起きて,昼働き,夜に寝る人たちのことだ。そんな社会のしくみにちょっとした理不尽さと憤りを感じながら自分はバーテンダーさんに質問をしたのだ。「多数派」とは異なる生活リズムを送っているバーテンダーさんなら自分の不満に同意してくれるはず。しかし,バーテンダーさんは特に感情の起伏を生じさせることなく答えた。
「仕事が終わったら釣りに行ってるよ。だって,」
「ーー海は24時間営業だからね」
たとえ人間が寝ていようと起きていようと海は休まず,その波を途切れさせることは決してない。だからこそ,いつ何時行こうとも釣りができる。「海は24時間営業」。なるほど,良いフレーズだ。
最近,訳あって夜に川沿いを歩くことが多い。これまでの人生,川無し県で過ごして来た自分にとって,川沿いを歩くことというのは少し特別な感じがする。しかも夜である。静かな街の中で川の音だけが聞こえる。人間はもう眠りにつき始めていて,ほとんどのお店は 閉店しており,開いているのは眠たそうなコンビニくらいだ。それなのに川の流れは途切れることなく,水の音は鳴り続ける。川は人間の生活など気にせず流れ続ける。
そうか,川も24時間営業だったのか。