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危なくない日記

サブカルチャーと社会学の交差地点

学習指導要領の改訂について――年表から読み解く

学校の先生(=教員)になるためには「教員採用試験」を代表とする,各種様々な試験を受けなければならない。そうした試験の科目には「専門教科」(例えば「公民」「数学」「英語」などなど)の他にも「教職教養」というものが設けられている場合が多い。その内容としては,教育史,教育心理,教育法,などがあり,各教科の専門知識というよりは教育全般に関する知識・理解を問うものとなっている。

 

※「教職教養」に「教育社会学」が含まれていないことに対してすごく異議申し立てをしたいのだが,今回はその話はおいておく。

 

今回は,「教職教養」を学ぶ上で避けて通れない「学習指導要領」について書こうと思う。「学習指導要領」とは教育課程の基準となるもので,法的拘束力を有している。要するに学校で習うことや学校がすべきことについて書かれたもので,これに基づいて現場の教員は具体的な教育を構想し行う。まぁ,有り体に言ってしまえば「国からのお達し」だ。「教職教養」の試験ではもちろん「学習指導要領」に関する問題も出題される。採用試験で良い点を取るためには,現在の「学習指導要領」の知識はもちろん,過去のものまできちんと知っておかなければならない。そうお気づきかもしれないが,「学習指導要領」は数年おきに改訂されるのだ。この改訂の変遷を勉強するのがものすごくめんどくさい。しかも,自分が持っている「教職教養」の参考書には年表が載っておらず,何年に何回目の改訂があった,というのがイメージしづらいのだ。

 

年表がないのならば作ってしまえ!ということで,年表を作ってみた。

 

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長い……縦に長い……

文部科学省「学習指導要領の経過」時事通信出版局編,2015『教職教養の要点理解』/舞田敏彦さんのツイートなどを参考に作成した。

 

この図を読み解く前にいくつか注意点を挙げておく。まず,この図は「改訂」の年に合わせて作っているため,「実施」される年はまた数年ズレるということだ。例えば,「総合的な学習の時間」が新設された第6次改訂は1998年だが,実施されたのは小・中学校では2002年である。おおまかに「改訂」と「実施」は3,4年程度ズレると考えてほしい。

 

つぎに,高校の改訂は小・中よりも一回分多いということに注意してほしい。これは1955年という中途半端な時期に高校の指導要領が改訂されたことによって生じた現象である。なぜ,1955年に高校の指導要領のみ改訂されたのかということについては,自分の知識外なのでわからない(今後の課題ということにさせていただく)。

 

では,この表を作りながら自分が考えたことを述べていこう。

 

この年表を見れば,改訂の回数と時期がすぐわかる。現在までに「学習指導要領」は7回(高校は8回)改訂されている。同じ「学校」という場所で「教育」を受けたとしても,内容は時期によって異なっているという点に注目していただきたい。自分が経験してきたものだけが唯一の「教育」の姿ではないのだ。そして時期によって姿を変える「教育」は,学習指導要領という国からのお達し,それは法的拘束力をもつ,によってある程度規定されてしまう。1998年の第6次改訂(実施は2002年)の指導要領のもとで学んだ若者を「ゆとり」と呼び,揶揄する人がいるが,彼・彼女らは国によって規定された「教育」の産物であり,よって「ゆとり」当事者を責め立てるのはお門違いというやつだ。さらに言えば「ゆとり」をキーワードとした教育は1977年の第4次改訂の時点でもすでになされている。「ゆとり」という言葉は平成初期にポッと出てきたわけではない。

※そもそも「ゆとり」バッシングにおける「ゆとり」像がどこまで実態を捉えているのかどうか疑問だが。下記リンクを参照。

gendai.ismedia.jp

 

話は変わるが,個人的に面白いと思ったのは,1947年の学習指導要領において「自由研究」という時間が設置されたという点だ。この「自由研究」は1951年の第1次改訂で早々に削除されてしまうのだが,現在も(その起源は忘却の彼方へとなりつつも)夏休みの宿題という形で生き残っている。ではこの「自由研究」とはどのような時間だったのだろうか。当時の資料を引用しておく。

 

自由研究も、新しい教科課程で、はじめてとりあげたものであるが、この時間を、どんなふうに用いて行くかについては、少しく説明を要するかと思う。後に述べるように、(指導法一般参照)教科の学習は、いずれも児童の自発的た活動を誘って、これによって学習がすすめられるようにして行くことを求めている。そういう場合に、児童の個性によっては、その活動が次の活動を生んで、一定の学習時間ではその活動の要求を満足させることができないようになる場合が出て来るだろう。〔中略〕そのような場合に、〔中略〕時としては、活動の誘導、すなわち、指導が必要な場合もあろう。このような場合に、何かの時間をおいて、児童の活動をのばし、学習を深く進めることが望ましいのである。ここに、自由研究の時間のおかれる理由がある。〔中略〕要するに、児童や青年の自発的な活動のなされる余裕の時間として、個性の伸長に資し、教科の時間内では伸ばしがたい活動のために、教師や学校長の考えによって、この時間を用いたいというのであるが、なお、児童が学校や学級の全体に対して負うている責任を果たす一たとえば、当番の仕事をするとか、学級の委員としての仕事をするとか一ために、この時間をあてることも、その用い方の一つといえる。

『学習指導要領 一般編‐試案‐(抄)(昭和二十二年三月二十日)』より引用

 

要するに子どもたちの興味に応じて自由に学習内容を設計するという「新教育※」的な価値観に基づいて設置された時間であるのだが,教師が多少手を貸す(=指導する)ことも意図されているという点に注目してほしい。現在の夏休みの宿題における〈自由研究〉は,こうした子どもたちへの配慮が切り捨てられ完全に自由,悪く言えばほったらかしになっている(そして子どもたちの悩みの種となっている)。夏休みの〈自由研究〉も,当初の「自由教育」のように教師が多少!手を貸すことを含みこんだ設計をすべきではないだろうか。

 

※「新教育」とは,既存の抑圧的な学校教育のあり方に対する批判の運動であり,子どもの自発性を尊重するという特徴がある。

 

他にも上記の年表を作りながら考えたことはあるのだが,長くなりそうなのでこのあたりでやめておこう。最後に次の改訂はいつ頃なのか,という点について記しておこう。

 

これまでのペースをみていくと,おおまかに10年足らずで改訂がなされている。直近の改訂は2008年(平成20年)であるということは,現在(2016年)は改訂から8年が経っていることになる。ということは,次の改訂は今年・来年あたりになると考えられる。そして「実施」も今まで通り「改訂」の3,4年後になるだろう。念のため文部科学省のHPを閲覧してみたが,予想通りのスケジュールであった(下記リンク)。

次期学習指導要領改訂に関する今後のスケジュール(予定):文部科学省

 

次回の改訂によって,どのような方針が打ち出されるのか,「道徳」と「愛国心」はどのように扱われるのか,新科目となる「公共」はどのようなものになるのか,18歳選挙を踏まえて教育と政治の関わりは深くなっていくのか,などなど。これからの学習指導要領の変遷にも注目していきたい。