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危なくない日記

サブカルチャーと社会学の交差地点

元ネタを探るということ

音楽

「自分の発する言葉には何かしらの元ネタがあるよ」

 

これは自分が高校生から大学生にかけてよく言っていた(気がする)フレーズだ。

今はもう言わない。ちょっと恥ずかしいから。

 

元ネタやパロディ,あるいはオマージュという概念にはずっと心惹かれていた。

なぜなら自分はサブカルクソ野郎になりたかった人間だからだ。

 

最初にパロディにはまったのはあの伝説のマンガ『太蔵モテ王サーガ』だ。

 

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パロディにつぐパロディ。

ジョジョ好きの自分にはたまらなかった。

 

太臓もて王サーガ感想の部屋という元ネタを解説してくれるサイトがあり,

ジャンプで最新話を読んだ後はすぐにそのサイトで「答え合わせ」をしていた。

 

残念ながら『太蔵』は現在,絶賛絶版中なのだが,

最近のジョジョブームで復刊してもおかしくないと思う。

 

とにかく,『太蔵』を初めて読んだ時に

「これだ!これが俺が求めているカルチャーだ!」

と震えたのを今でも覚えている。

当時の自分は,わかっている人はわかる,というカルチャーを求めていた。

 

嫌な言い方をすると「リア充/非リア充」コードを

「わかっていない人たち/わかっている人たち」コードへと

書き換えることを試みていたのだ。

 

そうした不純な動機から,サブカル(といっても割と浅いものだったけど)

にハマっていった。

 

とにかく「元ネタがありそれがわかる自分とその仲間たち(そしてそれがわからないリア充)」という構図を維持したいがために,冒頭の痛々しいセリフを言っていたのだと思う。

 

元ネタがわかるといった点で卓越化=差別化(ディスタンクシオン by ブルデュー)が可能になるのだ。

 

その点,サブカルチャーは元ネタ(=パロディ)の宝庫だ。

卓越化=差別化に用いることのできる資源がたくさんあるし,

なにより,それを探る作業自体が普通に面白い。

 

これからちょくちょく元ネタ解説みたいなことをやっていくと思う。

とりあえず日本語ラップからかな。